ムスリム学びブログ

インドネシア人と結婚したムスリムの日々の学びの記録

絶望してはいけません!

人生には多くの試練があります。夫や妻の浮気、障害、災難などの理由から自殺してしまうケースもあります。しかし、ムスリムはどんな時でもアッラーに対して希望を持たなければなりません。私達は毎日の礼拝で読むクルアーンの開端章で、アッラーにこのように懇願しています。

 

「わたしたちはあなたにのみ崇め仕え,あなたにのみ御助けを請い願う。 (5) わたしたちを正しい道に導きたまえ, (6) あなたが御恵みを下された人々の道に,あなたの怒りを受けし者,また踏み迷える人々の道ではなく。 (7)」

クルアーン、開端章、1:5-7)

 

過去の預言者達にも試練がありました。しかも私達よりもずっと重いものでした。そのうちの一人アイユーブ様に与えられた試練はきわめて重いもので、子供達に先立たれ、財産は底をつき、自身は病に侵されました。しかし彼は少しも怒ったり不平を言ったりせず、アッラーを信じて絶望することはありませんでした。病を治してもらえるようアッラーにドゥアーして下さいと奥さんに言われても、アイユーブ様は「私が今まで受けた恩恵を思うと病気を治してほしいと懇願するのが恥ずかしい」とおっしゃったそうです。

 

「われは,かれが良く耐え忍ぶことを知った。何と優れたしもべではないか。かれは(主の命令に服して)常に(われの許に)帰った。 (44) 」

クルアーン、サード章、38:44)

 

試練がなくてもよいものだとすれば、まずは私達よりその負荷がはるかにある預言者様達から取り除かれていたことでしょう。アッラーは私達それぞれの能力に応じた試練しか与えられません。現在コロナ禍にあっても、私達には子供やお金、仕事などまだまだ沢山の選択肢があります。

 

また、アッラーの僕に対するご慈悲は母親の子供に対する慈愛よりも大きいのです。アッラーのご慈悲に絶望してはいけません。

 

アッラーの情け深い御恵みに決して絶望してはならない。不信心な者の外は,アッラーの情け深い御恵みに絶望しない。」

クルアーン、ユースフ章、12:87)

 

どんな試練が来ても希望を持ち続けるとアッラーが私達にご慈悲をかけてくれます。そして私達の状態に応じた援助を与えられるのです。

 

アッラーの存在を思うと、大きな船に乗っているような、常に柔らかい毛布に包まれているような安堵感を感じませんか。アルハムドゥリッラー。足るを知り、常にアッラーに感謝することを忘れないようにしたいものです。